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神戸地方裁判所 昭和34年(行)29号 判決 1962年10月19日

原告 蜂谷ヒサエ

被告 国

訴訟代理人 山田三郎 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

理由

一、昭和二八年七月二七日神戸市長田税務署長宛に原告名義で本件贈与税の納税申告書(乙第一号証)が提出されたことは当事者間に争いがない。そこで右申告書が原告の意思に基いて作成され、提出されたか否かについて判断する。

まず乙第一号証の原告名下の印影が原告の印章による印影であることは当事者間に争いがないから、同号証の原告作成部分は原告の意思に基き真正に作成されたものと推定される。原告は右原告作成部分は逸見義量が原告に無断で原告の印章を冒用して作成したものと主張し、証人中浜米次郎の証言及び原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一号証の一ないし七に証人中浜米次郎の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和二七年ごろから同二八年八月中旬ごろまでその印章を逸見義量に預けていたことが認められるが、右認定事実のみをもつてしてはいまだ前記認定を覆すに充分でなく、他に右推定を覆すに足りる証拠はない。

かえつて、成立に争いのない乙第三号証及び証人端谷喜雄の証言によつて認められるところの、同二八年五月ごろ前記長田税務署直接課資産係員が原告に対し同署への呼出状を発し、右呼出状が同署に回収されている事実に、文書の方式及び趣旨により成立の認められる乙第五号証、証人端谷喜雄の証言を総合すると、原告またはその委任を受けた代理人が同年七月二七日右税務署からの呼出に応じ、前記呼出状を持参して同税務署に出頭し、同署係員の申告指導を受けた上、本件贈与税の納税申告書(乙第一号証)を作成し、これを同署長宛に提出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すると、本件贈与税の納税申告書は原告の意思に基き作成され前記長田税務署長宛に提出されたことになる。

二、原告は本件家屋の贈与を受けたことがないから本件贈与税の納税義務はないと主張する。

しかし、すでに納税義務者の納税申告行為が成立している場合には、実体上の課税要件事実が発生しなかつたというだけで、納税義務の存在が否定されうるものではない。何故なら、もとより実体上の課税要件事実が発生しないならば、実体上納税義務はその成立をみないわけであるが、一旦私人が自ら納税義務を負担するとして納税申告をしたならば、実体上の課税要件の充足を必要的な前提要件とすることなく、右申告行為に租税債権関係に関する形成的効力が与えられ、税額の確定された具体的納税義務が成立するものと解せられるからである。

すなわち、納税申告行為は課税庁の賦課処分と並んで、前者が私人の公法上の行為であり後者が行政処分であるという差異はあつても、ともに本来、課税要件の充足を確認し、課税標準を決定し、税額を算出するという確認的判断作用的性質を有する行為であつて、法がこれに具体的納税義務を発生せしめるという効力を与えているものである。しかし、課税処分は課税庁がする固有の確認的判断作用的行為であつて、実体上の課税要件が充足しないときはそれだけで瑕疵あるものとされるべきであるのに対し、納税申告行為は、同じく確認的判断作用的行為、であるといつても、それは私人によつて自発的に行われる行為であり、かゝる意味において私人の自由な意思の発現(準意思表示)としての性質をも具備し、またその反面として私人の自己責任に基く自己賦課という内容をも持ち、租税債権関係の法的安定性の見地から原則として申告者に対し申告の外観に従つた責任が負担させられるものと解する。従つて実体上の課税要件の充足は、申告者が申告意思を決する際にその前提として認識されるべき対象であるというにすぎないものであつて、自由な意思によつて納税申告行為がなされた以上、実体上の課税要件の充足の有無は直ちに右行為の効力に消長を来たすものではない。

そして、原告は単に本件家屋の贈与を受けたことがないという実体上の課税要件の欠陥を理由としてのみ本件贈与税の不存在を主張するのであつて、他に申告行為の無効を主張するものではないから、前述のとおり原告の本件贈与の申告行為が成立している以上、本件家屋の贈与の有無につき判断するまでもなく、右原告の主張は採用できない。

三、すると、原告が本件贈与税の申告行為をなした以上、原告は本件贈与税の納税義務を負担しているものというべきであり、右納税義務の不存在確認を求める本訴請求はこの点において理由がなくこれを失当として棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 平田浩 黒田直行)

目録<省略>

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